私の乳がんにまつわる受診までのあれこれ

最終ドセタキセル(タキソテール)投与から21日目。

3週間経ったし、そろそろ抗がん剤治療も終了?
ということを記念して(何故?)

私の乳がんになるまでのこと振り返ってみた。

〈予兆〉

やばいな、と思っていたのは2010年3月頃から。
左胸の皮膚に直径2cm位の部分がカサカサしてきて、
ちょっぴり痒みがあった。
クリーム塗ってみたけどあまり改善せず、
おかしいなぁ、と思っていた。

5月頃から皮膚の色が少し変わってきて、
乳の奥のほう触ってみると、硬いものが感じられた。
あー、やばい、やばい。
「コレはガンかもしれない」

でも、夏は家族が入院したりして、
自分のことは後回し。

* * * 

受診したのは2010年10月6日。

おかしいなと思ってからそれまでに
乳がんにまつわる様々な人と関わっていた。

2010年6月。
裏の86歳のおばあちゃん。
2009年、かかりつけ医に行って心電図を
とった際にかかりつけ医が気づいたそう。
私と同じ病院を紹介され、後から知ったけど同じ主治医。
温存手術。
主治医は手術後、そのおばあちゃんとお嫁さんに、
「いやー我ながらきれいな仕上がりじゃ~」
と言ったそう。
今もこんな感じで楽しい主治医。
その後、お嫁さんのご主人(息子さんね)が
ガンで亡くなってお参りに行ったときに、
「池うさちゃんも乳がん検診受けてね。
 うちの息子はガンで死んじゃったけど、
 ガンは早く見つかれば治るのよ。」
と言われ、ドキッとしたのを覚えてる。

次は2010年8月。
仕事で回っているおうちの96歳のおばあちゃん。
私がたまたまインターホンを押して、
よろよろ出ていらしたT様。
「私ねー、もう96歳のおばあちゃんなのに、
 おっぱいに梅干しくらいのできものができてるって、
 〇〇病院の先生に言われちゃってねー。
 2・3日で退院できるって言ってたけど、
 もうこの年で手術なんてしたくないよー。」
って話を延々と聞いた。
私はこの時、
「もしかしたら私もこの先生に診てもらうのかな?」と
思った。そしたらやっぱりそうなった。

まだまだ続く、2010年9月。
仕事中に植木屋さん(推定58歳)と仲良くなり、
缶コーヒー飲みながらおしゃべりしていたら、
娘さんが乳がんで去年亡くなったと聞いた。
30代だった(涙)
乳がんの不安を抱いていた私はこの時、
「乳がんで死んじゃうの?」、と慄いた。
植木屋さんは
「あの医者、許せねぇ。」って言っていたけど、
私の主治医かどうかは不明。

早くお医者様に行かなきゃ。。。
と思いつつ、家族の色々な行事が終わるのを待っていたら、
(いや、家族を口実に怖がっていたのよね)
10月に入ってしまった。

そしてまだまだ出会いは続く。
そう、
10月1日はピンクリボンの日。
友人と伊達公子を応援するために
テニス観戦したその日。
当日券を求めるために並んだ列の前にいたおばさまに
「私ピンクリボンブースの責任者で列に並べないの。
 代わりに並んでてくれない?」と言われ、
「いいですよ。」と答えた私に、
すてきなピンクリボンバッジをくれた。
「あなたも検診行ってね。」って言いながら。

極めつけは試合の合間に、
オーロラビジョンから、
ナブラチロワが笑顔で私に、
「私は検診を2年休んでしまったら
 ガンが見つかった。
 今は手術して健康になったけど、
 みんなもちゃんと検診しましょうね~。」
みたいなことを英語で言っていた。
そしてお揃いのピンクのTシャツを着た集団の皆さんが
センターコートで踊りながら
「検診いこうね」
みたいな歌を大合唱。

ここまでされれば池うさも腹をくくりました。
こんな短期間で乳がんに関わる人々に出会うなんて
考えられへん。
「はい、もう絶対に病院行きます。」

* * *

こうして私は現在に至る。
あのまま病院に行くのを怖がっていたら
いったいどうなっていたのだろう。
周りの様々な方に背中を押され
皆さんに助けられたのだと思う。

もし不安を持っている方がいたら、
それはガンに間違いないかも。
本当に、早く見つかれば、
おっぱいは残すことができます。
(私の主治医おすすめします。)
抗がん剤もしなくて済むでしょう。
産婦人科ではなく、乳腺科に行きましょう。

うわっ、長い文になっちゃった。
読んで下さった皆様、
ありがとうございました。
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示された道

どうしてこの道だったんだろう?と思いつつも、誰にも何にも示されないまま彷徨うことにならなかったことだけは救われたのかな〜と。
時期的にほぼ、同じですね。
私も昨年3月頃、おかしいなと思いはじめ、10月2日初診。二週間後の16日に告知。
癌と関わり始めて半年。実際の治療開始からは4ヶ月余と言ったところでしょうか。
何か全然別の惑星での生活をしてるような気分でもあり。
大きな意味では、別に寝たきりとかでもなく、今まで通り、普通に生活出来ている感じでもあり。

予後の良い患者様として、お互い主治医の治療成績上げるために(笑)頑張りましょう←そこ?
いえいえ、支えてくれている皆への恩返し、そして自分のために!

re:示された道

体調いかがですか?
そんな中、コメントありがとうございます♪

不思議と道は示されていたのか。
そう思うと、登場した皆様には感謝しなければ
なりませんね。
もちろん、今こうして出会えて支えて下さる方々へもv-290

もう会えないかもしれないのは
テニスのピンクリボンブースの責任者の方。
お礼を一番言いたい人です。
今年も東レパンパシフィック(あるかな?)
に行ってみよう。

私は初診の時にいきなりの告知でびっくりしましたv-12
それが私の主治医の方針なんでしょうね。

>主治医の治療成績上げるために(笑)頑張りましょう←そこ?
 そこそこっ!
 先生も頑張ってくれているから、
 私たちも頑張らないとねー。
 もう私はあんまり会えなくなって寂しいけれど、
 先生の治療成績のためにはいいことなのよねー。
 耐えるわ~。
 
yannchanさんもこれからの手術、
Fさまと共に頑張って下さいね。

じっくりと…

読ませていただきましたよ。本当に 何かの縁と言うか そのようなタイミングで いけうさちゃんも 重い腰を上げたわけなんですね。

私は 急に出来てたみたいな感じで 見つけて翌日には病院に行きましたけど、リンパにも飛んでいて

その日のうちに 告知され 自分の運命を呪いましたが、それも 運命だし、病気になってしまったことで、人に優しくなれた自分もいるんですよねー。

悪いことばかりじゃない、きっと神様は不公平な事はしないと思いながら 毎日過ごしています。

いけうさちゃんも 色々な出来事がなければ 悶々とした日々を送っていたかもわかりませんよね。

生かされてる事に感謝ですよね、お互い

re:じっくりと…

長ーい文、
お読み下さってありがとうございました。

みぽりんさんは「急に出来てた」みたいだったんですね。
すぐにお医者様に行ったのに、
それなのにリンパにたくさん飛んでたなんて、
お辛かったですね。

その後お元気だし、
リンパ節転移あった方々の希望にもなってると思いますよ。

リンパ節転移なしでも再発する人いるみたいだし、
これは本当にわからないみたいですね。


その後、「検診行こうね」と言う人は現れていません。
やはり「神様のお導き」だったのかなぁ?
プロフィール

池のうさぎ

Author:池のうさぎ
2010年10月
 乳がんの不安を持ちつつ
 受診したらやっぱり乳がんでした。
 10月20日左乳房全摘手術=2つ目の
 誕生日と勝手に決めました(笑)。

2011年3月
 術後化学療法(EC&ドセタキセル)終了。

術後半年2011年4月~
 トリプルネガティブなので
 現在無治療の日々です。

と思いきや、
2011年10月28日から
ホルモン治療
(ノルバデックス20㎎)開始。

だったのも9ヶ月。
2012年6月21日からアロマターゼ阻害剤のアリミデックス1mgになりました。
服用3日目で膝がきしんでます。
これからどうなるの?


*ブログの記事はあくまでも
 個人的な感想です。

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